
「自分の単価は、高いのか安いのか」——この問いに自信を持って答えられるフリーランスは、多くありません。会社員なら給与テーブルや求人情報という物差しがありますが、フリーランスの単価は原則として非公開で、条件もバラバラ。だから多くの人が、感覚のまま何年も同じ金額で受け続けます。この記事では、同業者の単価を調べる6つの情報源とその信頼度、拾った数字を比較可能にする補正の仕方、角を立てずに聞く技術、そして同業者との単価の話が法律上の問題に変わる境界線まで解説します。
なぜ同業者の単価は「調べても分からない」のか
単価調査に取りかかる前に、なぜこれが難しいのかを理解しておいてください。難しさの原因を知らないまま調べると、集めた数字を鵜呑みにして、かえって判断を誤ります。理由は3つあります。
理由1:単価は原則として非公開
多くの業務委託契約には秘密保持条項があり、報酬額は秘密情報に含まれるのが一般的です。つまり正直な同業者ほど、具体的な金額を答えられません。「教えてくれない=隠している」ではなく、契約上言えないだけ、というケースが相当数あります。
理由2:条件がバラバラで、そのままでは比較できない
「月80万円」と聞いても、それが週5稼働なのか週3なのか、エンドクライアント直なのか3次請けなのか、経費が自己負担かどうかで、実質はまったく違います。単価という数字は、条件とセットでなければ意味を持ちません。裸の数字だけを集めても、比較にならないのです。
理由3:語られる数字は、上に偏る
人前で語られる単価には、強い偏りがかかります。うまくいった人ほど発信し、そうでない人は黙る。見えている数字は、平均ではなく上位の一部です。加えて、単発の最高額を常態のように語るケースや、単純に盛られているケースもあります。発信の場で見た数字を相場だと思い込むと、届かない基準に自分を照らして落ち込むだけになります。
単価調査の目的は「正解の1つの数字」を見つけることではありません。自分の仕事が取引されている価格の「レンジ(幅)」と、その中での自分の位置を知ることです。この目的を最初に握っておくと、集めた数字の扱い方が変わります。
単価情報の入手先6つと、その信頼度
情報源には明確な優劣があります。精度の高い順に手をつけ、精度の低いものは参考程度に留める。これだけで調査の質が変わります。
| 入手先 | 精度 | かかっているバイアス |
|---|---|---|
| ① エージェントからの提示単価 | 高い | 自分のスキルへの評価が数字で返る。マージンは含まれない金額 |
| ② 案件紹介サイトの単価欄 | 高い | 掲載時の希望条件。実際は面談で上下する |
| ③ 発注側の求人・募集要項 | 中〜高い | 予算の上限が書かれるとは限らない |
| ④ 同業者に直接聞く | 条件を揃えれば高い | 非公開のため答えられない場合がある |
| ⑤ クラウドソーシングの募集 | 低〜中 | 市場の下限に偏る。全体の相場ではない |
| ⑥ 発信・記事・体験談 | 低い | 成功例に偏る。単発の最高額が語られやすい |
最も精度が高いのは「自分に提示された金額」
見落とされがちですが、いちばん正確な相場情報は、他人の単価ではありません。「自分のスキルに対して、実際にいくらが提示されるか」です。他人の単価は他人のスキル・実績・商流に紐づいた数字ですが、自分への提示額は、そのまま自分の市場価値そのものだからです。
エージェントに登録して面談を受ければ、自分の経歴に対する具体的な金額が返ってきます。複数社を回れば、その振れ幅が自分のレンジになります。すぐに参画するつもりがなくても、この数字を持っているかどうかで、既存クライアントとの交渉の説得力が変わります。
クラウドソーシングの相場を「相場」と呼ばない
クラウドソーシングの募集は、市場の下限に強く偏ります。ここだけを見て「自分の職種の相場は安い」と結論づけるのは、大きな判断ミスです。下限を知る目的でのみ使い、相場の代表値としては使わない。これが正しい扱い方です。
拾った数字を「比較可能」にする7つの補正軸
ここが、この記事で最も重要なパートです。補正していない単価は、ただの噂です。集めた数字は、必ず次の7軸で条件を揃えてから並べてください。
- 稼働量 週5か、週3か、時間単位か。まず週5換算に統一する
- 商流の深さ エンドクライアント直か、元請け経由か、2次請け以降か。階層が増えるほど手取りは下がる
- 仲介の有無 直請けか、エージェント経由か。エージェント経由の提示額は、マージンを引いた後の金額
- 契約形態 成果物に責任を負う請負か、稼働に対して払われる準委任か。リスクの重さが違う
- 経費の負担 交通費・機材・ツール・素材費を誰が持つか。自己負担なら実質単価は下がる
- 税の扱い 税込か税別か。ここを揃えないだけで比較が崩れる
- 業務範囲 同じ職種名でも、担当する工程が違えば別の仕事。設計まで含むのか、実装だけか
とくに②と③は、フリーランスの単価を語るうえで決定的です。同じ仕事でも、商流が1つ深くなるだけで金額は変わります。「あの人は自分より高い」と落ち込む前に、商流の位置が違うだけではないかを確認してください。スキルの差ではなく、立ち位置の差であることは珍しくありません。
集めた数字は、表計算ソフトに1行ずつ入れて、7軸を列にしてください。空欄が多い行は、そもそも比較材料になりません。「金額だけ聞けた」情報は、実は何も分かっていないのと同じです。数字より先に、条件を聞く。この順番を徹底してください。
同業者への「聞き方」の技術
同業者に直接聞くのは、条件まで確認できれば最も濃い情報源です。ただし、聞き方を間違えると答えてもらえません。「いくらもらってますか?」は、答えられない質問の代表格です。契約上言えない、生々しすぎる、値踏みされているように感じる——断る理由が多すぎます。
答えやすくする3つの型
- レンジで聞く 金額そのものではなく「幅」を尋ねる。相手は具体的な契約金額を明かさずに答えられる
- 自分から先に出す 自分の条件と金額を先に開示する。情報を先に渡された相手は、返しやすくなる
- 条件を指定して聞く 「週3・エンド直・準委任なら、だいたいどのくらいの水準ですか」と、条件を固定して聞く
- 相手の案件ではなく市場を聞く 「あなたの単価」ではなく「この条件の案件の相場」として尋ねる
- 答えない自由を先に渡す 「言える範囲で構いません」と添える。これがあるだけで返答率が上がる
最近、自分の単価が市場と合っているのか分からなくなってきて、もしよければ感覚を教えてもらえませんか。
先に自分の条件を出しておくと、週4稼働・2次請け・準委任・経費は自己負担で、月◯円くらいです。
同じくらいの条件だと、だいたいどのあたりの幅が多い感覚でしょうか。契約上言いにくいところもあると思うので、言える範囲で、ざっくりで構いません。
聞いてはいけない相手
相手選びも重要です。次の相手には聞かないでください。同じ案件・同じ現場に入っている人(金額差が判明すると現場の空気が壊れます)、今の取引先の関係者(自分の交渉材料を相手側に渡すことになります)、そして同じ案件を競合として狙っている相手です。最後の点は、次のセクションで説明する法律上の問題にも直結します。
単価の話が「やってはいけない」に変わる線
ここは、ほとんどの記事が触れないポイントです。フリーランスは法律上「事業者」であり、同業者は「競争関係にある事業者」にあたります。そのため、単価に関するやり取りには、独占禁止法上の線引きが存在します。
「知る」はよいが、「一緒に決める」は問題になりうる
独占禁止法は、事業者が他の事業者と共同して対価を決定・維持・引き上げ、相互に事業活動を拘束して競争を実質的に制限する行為を、「不当な取引制限」(いわゆるカルテル)として禁止しています。公正取引委員会の説明によれば、これは紳士協定や口頭の約束など、どんな形で申し合わせが行われたかを問いません。
| 行為 | 性質 |
|---|---|
| 公開情報や提示額から、相場のレンジを把握する | 通常の情報収集 |
| 同業者に条件を揃えて水準を尋ね、自分で単価を決める | 各自が自主的に決めている |
| 「今後は最低◯円未満では受けないようにしよう」と申し合わせる | 共同での対価の決定にあたりうる |
| 「あの発注者には全員で値上げを要求しよう」と取り決める | 共同での対価の引き上げにあたりうる |
境界は明快です。情報を得たうえで、自分の単価を自分で決めているなら問題ありません。問題になるのは、同業者と申し合わせて、互いの価格設定を縛るときです。公正取引委員会は、価格に関する情報交換がカルテルの端緒となり得る点にも注意を促しており、実際に、価格に関する情報交換が行われていたことを理由に警告が出された事例や、情報交換を通じて共同で価格を引き上げる合意があったと認定され、排除措置命令や課徴金納付命令に至った事例もあります。
この記事は一般的な考え方の整理であり、個別の行為が独占禁止法に違反するかどうかの判断ではありません。違反の成否は、行為の内容・当事者の関係・市場への影響などを踏まえて判断されます。フリーランス個人の会話が直ちに問題になるわけではありませんが、コミュニティや団体で価格の申し合わせに近い話が出た場合は、参加を避け、必要に応じて弁護士など専門家にご相談ください。なお、事業者とフリーランスの取引については、内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省の連名による「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」が公表されており、適用される法令の関係が整理されています。
安全な聞き方は、すでに前のセクションで示している
難しく考える必要はありません。前のセクションで示した「条件を指定して、市場の水準を尋ねる」聞き方は、相場を知るための情報収集であって、価格の取り決めではありません。「これからどうするか」を相手と一緒に決めない限り、線を越えることはありません。聞いたあと、自分の単価は自分ひとりで決める——これを守ってください。
調べた後にやること:相場に合わせない
調査が終わったら、多くの人は「相場が◯円だったから、自分もそこに合わせよう」と考えます。これは半分正しく、半分もったいない発想です。相場はレンジであって、正解の1点ではありません。
決めるのは「レンジのどこに立つか」
同じ条件の案件でも、単価には幅があります。その幅の中で、下限に立つのか、中央に立つのか、上限を狙うのか——これは相場が決めることではなく、自分が根拠を用意して決めることです。
- 下限に立つ理由 実績が浅く、まず件数が欲しい時期。ただし期限を切ること
- 中央に立つ理由 条件が相場並みで、特筆すべき差別化がない状態
- 上限を狙う理由 担当できる工程が広い、成果を数字で語れる、特定領域の実績がある
重要なのは、相場より高い位置を取るには「相場より高い理由」が必要だという当たり前の事実です。調査の本当のゴールは、金額を知ることではなく、「自分は今どこに立っていて、上に行くには何が足りないか」を知ることにあります。
自分への提示単価を確かめる——フリーランスエージェント比較はこちら ›調査を1回で終わらせない
単価は動きます。技術の需要が変われば、去年の相場は今年には通用しません。1回調べて終わりにすると、その数字が自分の中で固定され、市場が動いても気づけなくなります。
半年に1回、自分への提示額を確認する
最も手軽で確実な更新方法は、半年から1年に1回、エージェントの面談を受けて提示額を確認することです。参画するかどうかは別問題として、自分の市場価値が上がったのか下がったのかが、具体的な数字で分かります。案件情報の単価欄を定点観測するのも有効です。求められるスキルの組み合わせが変化していれば、それは市場のシグナルです。
よくある質問
Q. 同業者に単価を聞くのは、失礼ではありませんか
A. 聞き方しだいです。契約金額をそのまま尋ねるのは踏み込みすぎですが、条件を指定して市場の水準を尋ねるのは、多くの人が快く答えてくれます。自分の条件と金額を先に開示し、「言える範囲で」と添えれば、失礼にはなりません。
Q. 調べた結果、自分がかなり安いと分かりました。すぐ値上げすべきですか
A. まず、補正が正しくできているかを確認してください。稼働・商流・経費負担・契約形態を揃えても安いのであれば、交渉の根拠があります。ただし、既存の取引先にいきなり切り出すより、契約更新や範囲拡大といった区切りのタイミングを待つほうが通りやすくなります。
Q. 発信されている単価情報は、まったく参考にならないのですか
A. 使い道はあります。「その水準が存在する」という事実の確認には使えます。ただし、平均でも中央値でもないことを忘れないでください。上限がどこにあるかを知る材料としては有効ですが、自分と比較して落ち込む材料にするのは、統計的に意味がありません。
Q. 相場より高い単価を提示したら、案件が取れなくなりませんか
A. 1社に断られただけでは、相場が判明したことにはなりません。断られた理由が価格なのか、タイミングなのか、説明不足なのかは、1件では判別できません。複数社に提示して、同じ反応が続いたときに初めて、価格の問題として検討してください。
① 同業者の単価が分からないのは、非公開・条件がバラバラ・語られる数字が上に偏る、という3つの構造による
② 情報源は6つ。精度が最も高いのは他人の単価ではなく「自分への提示額」
③ クラウドソーシングの募集は市場の下限に偏る。下限の把握にだけ使う
④ 補正していない単価はただの噂。稼働・商流・仲介・契約形態・経費・税・業務範囲の7軸で揃える
⑤ 「いくらもらってる?」は答えられない質問。条件を指定し、自分から先に出し、答えない自由を渡す
⑥ 相場を「知る」のは問題ないが、同業者と申し合わせて価格を「一緒に決める」のは独占禁止法上の問題になりうる
⑦ 調査のゴールは金額を知ることではなく、レンジの中の自分の位置と、上に行くために足りないものを知ること
単価調査は、他人と自分を比べて落ち込むための作業ではありません。条件を揃えて数字を並べ、レンジを掴み、その中で自分がどこに立つかを自分で決める。それだけの、極めて事務的な作業です。そして最も精度が高い情報は、他人の話ではなく、自分に返ってくる提示額のほうにあります。まずは自分の条件を7軸で書き出し、その条件で市場がいくらと言うのかを、確かめるところから始めてみてください。

