
「これまでの実績を教えてください」と聞かれて、作ったものの一覧や案件名を並べて終わっていないでしょうか。結論から言えば、同じ実績でも、「相手は何に困っていたか、自分は何をしたか、どう変わったか」の3つで書き直すと、判断材料としての力が大きく変わります。これが事例紹介です。書き方の型、公開してよいかの確認、商談や提案書での使い分け、実績が少ないときの見せ方まで、この1ページで整理します。
【結論】事例紹介は「課題、施策、結果」で書く
事例紹介とは、過去の仕事を「どんな課題を、どう解決し、何が変わったか」の流れでまとめたものです。作ったものを並べる実績一覧とは、役割が違います。発注者が知りたいのは、自分の課題を解決してもらえるかどうかです。次の3点を押さえます。
- 課題、施策、結果の3ブロックで書く施策には、なぜその方法を選んだかの理由を添える
- 公開してよいかを、先に確かめる秘密保持の約束と、成果物の権利を確認し、相手の許可を取る
- 場面に合わせて、長さと出し方を変える商談では相手の課題を聞いた後に、近いものを1つだけ出す
今日できることは、直近で終えた案件を1つ選び、「依頼の前、相手は何に困っていたか」を1文で書くことです。
事例として語れる仕事を増やすには、課題の背景が見える案件を選ぶことも大切です。作業だけを切り出した案件では、課題も結果も分からないまま終わってしまいます。
事例紹介と実績一覧は、何が違うのか
実績一覧は「何を作ったか」の記録、事例紹介は「どんな課題を、どう解決したか」の記録です。発注者が判断に使いやすいのは、後者です。
| 比べる点 | 実績一覧 | 事例紹介 |
|---|---|---|
| 伝わること | 何を作れるか | どう考えて、課題を解決するか |
| 主語 | 自分 | 取引先 |
| 読み手の受け取り方 | 経験の幅が分かる | 自分の状況に当てはめて考えられる |
| 向いている場面 | 経歴の全体像を示すとき | 特定の相手に提案するとき |
相手は、自分に近い状況の話を探している
発注者は、自分と似た状況の話のほうが、依頼した後を想像しやすくなります。「企業のサイトを作りました」より、「従業員30名の製造業で、問い合わせが少ない状態から始めました」のほうが、同じ規模や悩みを持つ相手には伝わります。
金額以外の比較軸ができる
実績を並べるだけの提案は、ほかの提案と見分けがつきにくく、比較の軸が金額に寄りがちです。課題をどう捉え、なぜその方法を選んだかを示せると、考え方や進め方という、金額以外の軸で見てもらえます。
「私が作った」ではなく、「取引先の何が、どう変わったか」と書けているかを確かめてください。主語を変えるだけで、実績の説明が事例紹介に近づきます。
先に確認する|その事例は、公開してよいか
書き方の前に、確かめることがあります。その仕事を、外に出してよいかどうかです。ここを飛ばすと、営業のための行動が契約違反になるおそれがあります。
契約書で確認する5つの点
- 秘密情報の範囲取引があった事実や、取引先の名前が含まれていないか
- 秘密保持の期間契約が終わった後も続くか。いつまでか
- 第三者への開示の条件事前の書面での承諾が必要とされていないか
- 成果物の権利著作権が発注者に譲渡されていないか
- 実績としての公表公表についての定めや、例外の余地があるか
秘密保持の約束の内容によっては、成果物の中身だけでなく、その会社と取引した事実そのものが秘密にあたることがあります。その場合は、社名を資料に書くことも、商談で口頭で伝えることも、開示にあたるおそれがあります。
成果物の権利にも注意が必要です。契約で著作権が発注者に移っている場合、自分が作ったものでも、無断で掲載することはできません。「自分が作ったものだから載せてよい」という思い込みが、つまずきやすい点です。
迷ったら、許可を取る
確実なのは、取引先に確認することです。納品の直後など、やり取りが続いている時期のほうが頼みやすくなります。公開の範囲に選択肢を添えると、相手も答えやすくなります。
| 公開の範囲 | 載せる内容 |
|---|---|
| 社名と成果物を出す | 社名、成果物の画像やリンク、課題と結果 |
| 社名を伏せる | 業種と規模、課題と結果。成果物は出さない |
| 商談でのみ伝える | 資料には載せず、口頭で概要だけを話す |
掲載の許可を尋ねる文例
今回の案件を、私の事例として紹介させていただくことは可能でしょうか。社名を伏せ、業種と規模、課題と結果の概要のみを載せる形でも構いません。掲載する文面は、公開の前にご確認いただきます。ご検討をお願いいたします。
秘密保持の範囲や著作権の扱いは、契約書の文言や個別の事情によって結論が変わります。判断に迷う場合は、契約書の原文を確認したうえで、弁護士などの専門家に相談してください。この記事は一般的な考え方を整理したもので、個別の法的な助言ではありません。
あわせて読みたい(実績の公開と権利)
事例の型|課題、施策、結果の3ブロック
事例は、凝った書き方をする必要はありません。3つのブロックを埋めれば、読める事例になります。
| ブロック | 書く内容 | 失敗例 |
|---|---|---|
| 課題 | 依頼の前に、相手が困っていたこと。状況を具体的に | 「サイトが古かった」のように、状態だけで困りごとが書かれていない |
| 施策 | 何をしたか。なぜその方法を選んだか | 使った道具や技術を並べるだけで、意図が見えない |
| 結果 | 依頼の後に、何が変わったか | 「無事に納品した」で終わっている |
記入例
| 課題 | 従業員30名の製造業。サイトの更新を外部に頼んでおり、製品情報の変更に毎回1週間以上かかっていた |
|---|---|
| 施策 | 社内で更新できる仕組みに作り替えた。担当者が1名で、専門知識がないことを踏まえ、更新する箇所を製品情報とお知らせの2つに絞った |
| 結果 | 担当者が自分で当日中に更新できるようになった。その後、採用ページの制作も続けて依頼された |
差がつくのは「なぜその方法を選んだか」
同じ成果物でも、選んだ理由が書かれている事例は、伝わる内容が変わります。上の記入例では、「担当者が1名で、専門知識がない」という事情から、更新する箇所を絞ったことを書いています。この1文があると、相手の状況に合わせて考える人だと伝わります。
予算、期間、体制などの制約の中で、何を優先し、何をやらないと決めたか。そこに、技術の一覧では伝わらない判断の力が表れます。
結果の示し方は3通り
- 数字で示す問い合わせの件数、作業にかかる時間など、依頼の前後で比べられるもの
- 相手の言葉で示す許可を得たうえで、取引先の感想を短く載せる
- 継続の事実で示す続けて依頼された、契約が更新された、という事実を書く
事例の文章は、長いほど読まれにくくなります。3つのブロックを、それぞれ1〜3文でまとめるのが目安です。細かい経緯は、商談で口頭で補えます。事例の文章の役割は、「もう少し聞きたい」と思ってもらうことです。
根拠を示せない数字や、自分が関わっていない成果を書くと、商談や取引の中で説明がつかなくなります。チームで出した成果は、自分の担当範囲を分けて書いてください。成果には自分の仕事以外の要因も関わるため、「自分の施策だけで達成した」と読める書き方も避けます。
場面別の使い分け
同じ事例でも、出す場面によって、長さと切り口を変えます。同じ文章をどこにでも貼るのは、効果が薄い使い方です。
| 場面 | 役割 | 出し方 |
|---|---|---|
| 商談 | 相手の課題と重なることを示す | 課題を聞いた後に、近い事例を1つだけ口頭で話す |
| 提案書 | 提案の内容を裏づける | 提案する方法の直後に、同じ方法で進めた事例を短く添える |
| ポートフォリオ | 初めての相手に、強みを伝える | 3ブロックで書く。業種や課題ごとに探せるようにする |
| 営業メール | 返信のきっかけを作る | 相手と同じ業種の事例を1文で。詳しくは資料や面談で伝える |
商談では、相手の課題を聞いてから出す
商談の冒頭で事例を並べると、自慢話に聞こえます。事例が生きるのは、相手が自分の課題を話した後です。「今のお話は、以前に担当した案件の状況と似ています」と切り出せば、事例は相手の話を理解した証拠になります。
提案書では、提案する方法の直後に置く
提案書の最後に実績をまとめて載せる形は、読み飛ばされやすくなります。提案する方法のすぐ後に、その方法で進めた事例を1〜2文で添えると、根拠として読まれます。
営業メールでは、1文にする
営業メールに入れる1文の例
以前、同じ製造業の企業で、外部に頼んでいたサイトの更新を社内でできる形に作り替え、当日中に更新できるようにした経験があります。
あわせて読みたい(商談と提案の進め方)
出すタイミングと数
事例は、多く出せばよいものではありません。数を出すほど、1つあたりの印象は薄くなります。
相手の課題を聞き終えるまで、出さない
先に話すと、相手の状況に合わない事例を選んでしまいます。
課題に最も近いものを、1つだけ出す
業種、規模、困りごとのいずれかが重なるものを選びます。
関心を示されたら、選んだ理由を補う
なぜその方法にしたかを、口頭で説明します。
求められたら、2つ目を出す
「ほかにもありますか」と聞かれてから出します。
商談の後に、資料でまとめて渡す
関連する事例を、後から読める形で送ります。
自慢に聞こえてしまう3つのサイン
- 相手が尋ねていないのに、事例の話が続いている
- 事例の主語が、ずっと「私は」になっている
- 有名な企業の名前を出すことが、目的になっている
有名な企業との取引は信頼の材料になりますが、相手の課題と関係がある場合に限ります。関係のない大きな企業の名前は、「自社のような規模は相手にされないのでは」という距離を生むこともあります。
実績が少ない、数字が出せないときの見せ方
独立したばかりの時期や、公開できない案件が続く時期は、出せる事例が手元にないこともあります。それでも、事例は作れます。
社名の代わりに、属性で書く
社名が出せないからといって、「企業のサイト制作」の1行で終わらせると、伝わる情報がほとんど残りません。業種、規模、事業の段階などの属性に置き換えると、社名を伏せたままでも具体性を保てます。
| もったいない書き方 | 置き換え後 |
|---|---|
| 大手企業のサイト制作 | 従業員1,000名規模の製造業で、企業サイトを作り直した |
| メディアの記事を執筆 | 金融分野の情報サイトで、専門家が監修する記事を執筆した |
| 業務システムの開発に参加 | 創業3年の企業で、5名の開発チームに加わった |
属性を細かく書くと、業界の中では企業が特定できてしまうことがあります。「国内に数社しかないサービス」のような表現は、社名を伏せていても、実質的に開示にあたるおそれがあります。特定できない粗さにとどめてください。属性で書く場合も、秘密保持の約束の範囲は先に確認します。
数字がなくても語れる3つの切り口
- 考えた過程を語るなぜその設計にしたか。数字がなくても、判断の力は伝わる
- 制約を語る限られた予算と期間の中で、何を優先し、何をやらなかったか
- 継続の事実を語る最初の納品の後も、続けて担当している
実務の実績がなければ、自主制作を事例にする
仕事の実績がまだない場合は、自主制作を事例の形にまとめます。条件は、想定した相手の課題を設定し、それをどう解決したかまで書くことです。作品を置くだけでは、実績一覧と変わりません。自主制作であることは、必ず明記してください。
事例をためる仕組みを作る
事例が書けない理由の多くは、記憶が薄れていることです。数か月前の案件について、依頼の前に相手が何に困っていたかを思い出すのは、簡単ではありません。案件が終わるたびに、記録を残す流れを決めておきます。
最初の打ち合わせで、課題を書き留める
依頼の前の状況は、後からは聞きにくくなります。最初のメモが、事例の「課題」になります。
納品のときに、掲載の可否と感想を聞く
公開できる範囲と、相手の一言を、あわせて確かめます。
その週のうちに、3ブロックで下書きする
完成していなくても構いません。記憶が新しいうちに、形にしておきます。
数か月後に、結果を書き足す
成果が見えてきた時期に、相手に状況を尋ね、追記します。
年に1度、公開している事例を見直す
古いものを入れ替え、今後受けたい仕事に近いものを前に出します。
事例を、指名される強みにつなげる
同じ分野の事例が重なると、「この課題ならこの人」と覚えてもらいやすくなります。事例は、1件ごとの営業の材料であると同時に、自分が何の専門家であるかを示す材料でもあります。得意とする分野を決め、その分野の事例を前に出し、プロフィールや発信の内容とそろえていくと、相手から相談が来る状態に近づきます。
事例が増えないときは、受ける案件を見直す
作業だけを切り出した単発の案件が続くと、課題も結果も見えないまま終わり、語れる事例がたまりません。課題の背景を共有してもらえる案件、納品の後も成果を追える案件を選ぶことが、事例作りの土台になります。エージェントを通じた案件では、参画の前に、担当者から企業の状況や求められる役割の説明を受けられることがあります。
あわせて読みたい(事例を、選ばれる理由に育てる)
よくある質問(FAQ)
事例紹介は、課題、施策、結果の3ブロックで書く。施策には、なぜその方法を選んだかの理由を添える
使う前に、秘密保持の約束と成果物の権利を確認し、取引先の許可を取る。社名が出せないときは、特定できない範囲の属性で書く
商談では相手の課題を聞いた後に1つだけ、提案書では提案する方法の直後に置く。案件が終わった週に下書きを残す
まずは、直近で終えた案件を1つ選び、「依頼の前、相手は何に困っていたか」を1文で書いてみてください。語れる事例を増やしたい場合は、課題の背景を確かめてから参画できる案件を探すことも、1つの方法です。

